地球の風景 ~癒されるワ・タ・シ~

                  蓮と申します。 地球の美しい風景、自然、小さな癒しを見つけるのが好きなワタシです。

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いま この現在 この瞬間の幸せ

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先日ある方から 『未来について思い悩む必要はない』 という記事について
貴重なご意見をいただきました。

「金持ちならいいけど、貧乏人は明日食べていけるかどうかで悩むんだよ」 
と いうご意見でした。

この不況下のなか、その気持ちは痛いほどよくわかります。

私自身も裕福ではありませんので、突然家を失ってもおかしくありません。
明日死んでもおかしくない状況の中で生きています。

でも、それは貧乏人でもお金持ちでも裕福な人でも条件は同じです。
今は裕福でも突然会社の倒産、リストラにあうかも知れませんし、
明日事故で突然亡くなるかも知れません。

しかし、頭の中で考える未来は 『幻(まぼろし)』 に過ぎず、
明日のことは明日考えればいいことであって、起こりもしない未来のことを
あれこれ心配しても 明日という未来は、なるようにしかならないのです。

同じ 『幻』 でもポジティブな幻ならいいのですが、
ネガティブな幻を見て未来を心配しても自分自身が損するだけです。
ネガティブな想念はそれ自体を自分で引き寄せかねないからです。

過去についても同じです。
私たちは過去の経験からあれこれ学んで成長し、
失敗した経験から人生を学んでいきます。

確かにそうですが、逆に過去にとらわれるあまり前に進めなくなることもあります。

過去に起こったことはもう変えられないのだから、
泣いても悔やんでも何も変わらないし、後悔しても仕方がありません。

過去の失敗を反省して学べることもあるのでしょうが、
この世は諸行無常で常に変化しているのだから、
次に同じことをする時には、まったく状況が変わっていて
過去の出来事を反省ばかりしても役に立ちません。

私は仏教徒ではありませんが、よく仏教の本を読みます。
お釈迦様が説いた 『一日賢人偈』 の書物にこのような一説があります。

【人は過去を追ってはならぬ。未来を悩んでもならぬ。
 およそ過ぎ去ったものはすでに捨てられており、
 未来はまだやって来ない】


私も以前は過去に囚われ悩んでいた時期がありました。
過去に両親や学校の先生、他人にさんざん迷惑をかけ、
警察のお世話になるような悪いこともしました。

でも、過去の失敗を考えても悩んでも状況は良くならず、
悩めば、悩むほど悪いものを自分で引き寄せていました。

ある時、悪いものを引き寄せているのは自分だと気づき、
見切りをつけ悪い過去はポイッと捨ててしまいました。
それからはまったく想い悩むことはありません。

この先どう生きていくかで悩むなら、ネガティブな発想より
未来をポジティブな発想に考えてみませんか?

この日本の経済や政界はもう崩壊しかかっています。
これをネガティブに捉えますか?
むしろ この文明が崩壊してしまった方が権力社会である奴隷の呪縛から
解き放たれ、自由になり 願ったり、叶ったりではないでしょうか。

もし、万が一、人々が家を失い、ホームレス状態になったとしても、
少し都会を離れれば あまっている土地はいくらでもあります。
経済が崩壊すれば 「ここは私の土地!」 という規則もないはずです。

この文明の規律、都会のしがらみから解放され、このときこそ日本人ならではの
智慧をしぼって生きるのです。これ以上人工物質を生産せず、いまあるものを生かし、
畑を耕して自給自足をしてみるのも生きがいがあって楽しいかも知れません。

食べて生きる為には農業の知識くらいは少し持っていたほうが良いでしょう。

私も最近、ひそかに「田舎暮らし」 「家庭菜園」の雑誌や、
NHK 「やさい時間」 を趣味で見ています。
幸い、日本の大地は海に囲まれ山にも四季にも恵まれています。
そして、多種多様な海産物や農作物も日本では豊富に収穫できます。

海に行けば浜口まさるのように「獲ったど~!」みたいな0円生活も可能で、
美味しい海の幸も獲れますし、
山に行けば、四季折々の美味しい山の幸もたくさん獲れます。

私たち日本人はもともと温和な農耕民族です。
農業の知識と智慧をこれからも受け継ぐことができるはずです。

1億2000万人?の日本人が浜口まさるのように海にもぐったり
農業をはじめるとどうなるでしょうか。 ものすごい食べ物の収穫になるはずです。

今まで ミツバチが植物を支える役割を果たしてくれていましたが、
ミツバチがどんどん減少している現状をただ指をくわえて悲観するのではなく、
今度は人間がミツバチの役割を果たし植物を支えるのです。

獲れた山の幸 海の幸をお互い公平にぶつぶつ交換も可能です。

政治も産業も集団教育も税金も 無駄なものはもう必要ありません。

科学や、英語、数学などの難しい能力も必要がないので、
競争の激しい学力社会も必要ありません。
学力・競争社会なんてもう古いから、こんなもの崩壊してしまえばいいのです。

そうすると子供達は学力・競争社会のしがらみから解放され生き生き
のびのびと 子供は子供らしく生きていけます。

そして、大人は会社や上司の機嫌を伺いながら精神をすり減らしアクセク働かなくても、
農業をしていれば相手は嫌な上司ではなく、何も文句を言わない 植物です。
植物に癒されながら ゆったりと愛情を与えてあげれば植物はそれにちゃんと答えてくれます。

お金をアクセク稼がなくても自給自足で生きていけたらどんなに生きがいがあるのだろう・・・
このように 想いを張り巡らせるだけでワクワク♪してきます。

なんて、素敵な暮らしなのでしょうか!☆*・:*:・!(^^)・:*。・:*:・゚’☆♪


・・・と、、、こんな、おとぎ話のような夢物語になりましたが・・・

これも、私が勝手に想像した未来なので 『幻』 に過ぎないのです。
でも、明るい未来を想像しながらイメージするだけで とても幸せな気持ちになります。

単なるひとりよがりな妄想かもしれませんが、
未来に向けてポジティブに現実化していくという希望は持っています。

話が私の妄想にそれてしまいましたが、、何が言いたいのかというと、

『いま、この現在、この瞬間が幸せ』 なのかが一番重要で、

いま、現在、この瞬間に生きていること 生かされていることに感謝し、
たとえ質素であっても、いま食べられることに幸せを感じ 感謝することです。

そして、あるがまま なすがまま この時代の流れに身をゆだねて
生きていくしかないような気がします。

未来をネガティブに捉えるのではなく、
未来の明日は明日考えればいいのですから。

ご意見をいただいた方、ありがとうございました。

  1. 2009/05/23(土) 00:08:00|
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