地球の風景 ~癒されるワ・タ・シ~

                  蓮と申します。 地球の美しい風景、自然、小さな癒しを見つけるのが好きなワタシです。

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なにわ七幸めぐり ⑦ ~四天王寺~

「なにわ七幸めぐり」 の由来は歴史的経緯によって分離された

神社と仏閣が再び一つになり 日本が、さらには世界が一つになることを目的としたのが始まりです。



 「なにわ七幸めぐり」 も 最終章となりました。

最後の七つ目は 「四天王寺」 です。

四天王寺は今から1400年以前

聖徳太子が推古天皇に建立させたお寺と言われています。

前回のつづきになりますが、神社の守護神は 「狛犬」 ですが

お寺の守護神は 「仁王」 が安置されています。



仁王像は 威嚇(いかく)するような怖い顔をしていますが

人間の煩悩や悪を叱りつけ、励まし、よこしまなものを

強靭な力で撃退するというような役割があります。



上の仁王様は口を開けて 「あ」 を表現していて

下の仁王様は口を閉じて 「ん」 を表現しています。

日本語の50音である 「あ」 から 「ん」 は 

二対一体で全宇宙を表しています。

また、 「阿」 は 呼気 で 「吽」 は 吸気とされいて

両者の呼吸がぴったり合っているという ことわざ

「阿吽(あうん)の呼吸」 という 言葉も ここから生まれました。


こちらは神社やお寺でもよく見られる 【回廊】 です。 ↓


仏教だけに限らず、キリスト教や、イスラム教など

様々な宗教の神殿には このような回廊があります。 

その起源やルーツも やはり エジプト文明が

元になっているのではないかと言われています。

エジプトのピラミッドの内部にも【回廊】がありますが、

どうしてこのような構造になっているのか

その意味や用途に関しては謎のひとつだそうです。
 

  ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆ 


四天王寺は不思議なところです。

お寺でありながら、神社のように 「鳥居」 があります。 ↓


大昔(聖徳太子の時代頃)は、神社やお寺という区別がなくひとつでした。

四天王寺は、神社とお寺が “ 二対一体 ”

元々ひとつだったことを示してくれています。


本来は、元々ひとつ 【ワンネス】 という創造の意識から発生したものなのですが

この文明 (魚座の時代) 特有の二極性というルールの中においては

「陰」 と 「陽」 という具合に、歴史的経緯により

「仏道」 と 「神道」 に分断されてしまいました。




神社 (神道) は 太陽・水・山・川・動物 などの

自然信仰が起源です。 

その代表的なものとして 「水」 の神様は弁財天、

天照大神(アマテラスオオカミ)は 「太陽」 です。

「神道」 の本質は “陽” プラス思考でポジティブなものです。

自然は人間の心が清らかでないと 神と繋がることはできません。

ですから 神社では、「パン、パン」 と 2回

拍手 (かしわで) をして、自分に憑いた 悪いものを 

祓い落としてから 本殿へお参りをしますよね。




反対に、お寺 (仏道) の本質は、“陰” 

人間の様々な苦しみから 人々を救い上げるための教えです。

昔から、人々は病気のときは 「薬師如来」

弱っている心に勇気とパワーを与えてくれる 

「不動明王」 という具合に

それぞれの真言を唱え、願いを乞います。

古来において 神・仏 はそれぞれの目的に応じて

重要な役割を果たしてくれました。


  ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆ 


だけれども、神様・仏様に依存をし過ぎて 

自分自身の努力を怠り 心が伴わない 「他力本願」 では、

本当の意味で 人は救えません。

最終的には 「神・仏」 の加護がなくても “自力” で

乗り越えられる力が必要になってきます。


私が、この七つの神・仏を巡ってみて感じたものは 

人間には、苦しんでいる人を励まし 助けてあげられる

「仏」 のようなやさしい 慈悲の心があり、

「神」 のように高貴な精神を兼ね備えた存在だと感じています。

「仏・人間・神 」 は 三位一体 

仏道も、神道も、キリスト教も、イスラム教も、

各世界に数多く分布する様々な宗教も

元を辿れば 「すべてはひとつ」 なのだということを

今回の 「七幸めぐり」 で学ばさせてさせていただきました。



バラバラに分離されてきたものを

ひとつ、ひとつ 繋げてゆく

それが 今回の目的であり願いです。

そして、人間の心の癒しとなり 拠りどころになるのが

「神社」 であり 「お寺」 の役割ではないかと感じました。

「神様」 も「仏様」 も、自分(あなた)の心の中に存在しています。

人間の心の中にあるものが、姿・形として、「反映」 されたものが 

「神社」 であり 「お寺」 ではないかと思います。

・・と 言うことは・・・ 逆に考えると、 神 の心の中にあるものが、

姿・形 として 「反映」 し、 創造 されたものが 

「人間」 だと いうことになるのではないでしょうか。

自分の体の中に 広大な 小宇宙 (ミクロコスモス) があり、

自分の体の外側にも大宇宙 (マクロコスモス) があるのと同じように

自分の中にも神様はいるし、自分の外側にも神様はいるものだと思っています。

なぜなら、元々は 「ワンネス」

それらを 全て含めて 「すべてはひとつ」 だからです。 


  ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆ 


なにわ七幸めぐりはこれで最後となりますが、

魂の学びに 「はい、ここまで」 というような終わりはないと思っています。

これからも、魂の浄化と本来の自分を思い出すことを念頭に

一歩、一歩自分なりに学びを進めていきたいと思います。



今日も貴重な一日をありがとうございました。   ~ おわり ~

  1. 2010/12/13(月) 00:00:00|
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