地球の風景 ~癒されるワ・タ・シ~

                  蓮と申します。 地球の美しい風景、自然、小さな癒しを見つけるのが好きなワタシです。

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人間関係に苦しむ

  ◆◆◆ 人間関係に苦しまないために ◆◆◆ 

蓮の花 038

4月に入り新しい年度が開始しました。
これから学生・社会人として新しい世界に飛び立つ若者も多いのではないでしょうか。

この厳しい社会で生きていくのにむずかしいのが人間関係です。
世間には多種多様な様々な人間がいます。

仕事となれば「この人は苦手だ、自分には合わない」、と避けてばかりでは通りません。
だからといって、苦手な相手と良い関係を築こうとしなくてもいいのです。
私がそう思えるようになったのも、人間関係に疲れ果て壊れてしまった経験があるからです。

昔(独身時代)の話になりますが、自分で言うのも恥ずかしいのですが・・・
私はいわゆる八方美人、世間では世渡り上手な見た目はいい子ちゃんでした。

苦手な上司にも気に入られようと努力を惜しまず、飲めないお酒の場で無理やり飲まされ、
同僚などの複数の相手と断続的に深い友好関係を築く事に専念していた時期がありました。

誘われれば「断らず」をモットーに人づきあいを大切にし、どんな人にもいい顔をする。
これこそがこの厳しい社会で生き残っていく正しい道だと信じていました。

人付き合いが得意な人であれば問題はないかと思うのですが、
私はもともと団体で群れるのが苦手で、人に合わせるのも好きではなく、
一人で静かにしていることが好きなタイプです。

ですが、その頃は同僚のグループの輪からはみ出ることは恥だと考えていたのです。
自分の本性に気づかれないように人と接していました。

私は本当はお酒があまり好きではありません。 そして、タバコの匂いも苦手です。
お酒の場のあの意味のないドンちゃん騒ぎも苦手であまり好きではありません。
それでも苦手なことを表に出さず、いつもいい顔をして人と接していました。

しかし、自分の意と反することに我慢を重ねれば、いつか必ず限界に達します。

いま考えれば 「会社の上司や色々な人と仲良くしなければ!」 
この 「~しなければ!!」 という固定概念に縛られ、自分自身の自由を失い、
無理に本来の自分ではない振りをして、嫌な付き合いも断れず、
無理に無理を重ね、疲れ果て やがて心が壊れてしまいました。

「~をしなければ」 や 「~やらねば」 という固定概念は人の自由を奪います。
自分のやりたい事を思うままに素直に従うことは悪い事ではないということに
自分が壊れてしまってから、やっと気づきました。

だから今度こそ、転職を機に自分自身に素直になり、やりたいように変わろうと決心しました。
「人と無理をして深い関係を結ばなくても、与えられた仕事を頑張ってこなし、人に不快感をあたえず、
結果さえ出していれば会社は文句を言わないはずだ 」 
そのように気持ちを切り替えました。

今では、自分の気持ちに正直に人と接する事ができます。
人間関係においても、自分の判断基準は、「気が乗るか」、「気が乗らないか」です。

飲めないお酒の場に上司が誘ってきても、その上司に対して気がのらなければ、
お酒の場のお付き合いは、いっさいお断りです。
私に言いたい事があるなら、お酒の場ではなく仕事中に言えばいいのです。

しかし、自分が親しくしている友人だけは特別です。その場合だけ喜んで積極的に参加します。

会社の同僚・上司からは 「あいつは付き合いが悪い!」 と非難された事もあります。
だからと言って、私は気の乗らない相手とは貴重なプライベートの時間を裂いてまで、
いっさいお酒をかわしたくはありません。 

「私は生活費を稼ぐために仕事をしてる!
   付き合いが悪くて何が悪い?! 仲良し子よしの為に会社に来てるんじゃない!」 と
はっきりと言ったこともあります。 今の時代、上司の誘いを断ったからといってクビにする
会社はありません。(だからといって仕事中は上司の指示をないがしろにしてはいけません)

以前の私とは180度考えが変わりました。

結婚してからは、仕事以外にも近所の奥様達の井戸端会議に参加したことがあります。
話の内容は、どうでもいいくだらない話と、人の噂話、悪口ばかりでした。
聞いているだけでウンザリします。

以前の私なら、人の輪の中に入れないのは恥ずかしいと考えましたが、
今では近所で井戸端会議が行われていても一切参加しません。
「あの人は私たちの話にはついていけない」 と思われようが、いっさい視野にいれません。

人は人の悪口を話すときには話が長く続くという習性があるそうです。
情けないですね・・・そのような人間関係では時間も無駄で、何の成長にもなりません。
それどころか、自分のオーラまで汚れてしまって悪い波動を周りに与える事になります。
そして、新しいカルマを作りかねません。

だからといって人の事を悪く言う人を見下しているわけではありません。
以前の私がそうでしたから。 人の欠点や悪く言う人の気持ちはわかります。
それは自分の心のどこかに「不安」や「恐れ」が残っているからです。

人は「不安」や「恐れ」から、他人の欠点や悪口を言う事で自身を正当化し、
人を自分に繋ぎとめようとする働きをします。
その「不安」や「恐れ」を浄化してあげれば、人を悪く言うことなど
無駄なことだと悟り、人の欠点など気にも留めなくなります。

結論をいえば、他人に対して指摘した欠点は、指摘した人の欠点なのです。

いま思えば、私のこの悪行も結局は人生の学びなのです。
過去に波動の低かった頃の自分がいるから、いまの精神状態を学ぶことができたからです。

今では低い波動を出している人に対しては常に【無】の状態で接し、
けっして相手には染まらず透明な心でいられるように努力しています。
そして、その人自身が気づき、学び、いつか癒される日が来るように願っています。

他人と深い関係を結ばなくても、自分の波動(オーラ)だけは高く保てるようにと思い
パワーストーンを持ち歩いたり、瞑想をしたり、自分自身を浄化する事に専念しました。

波長の法則ってご存知でしょうか?
自分の波長(オーラ)の意識を高く保てば、同じオーラ(波長)を持った人同士が
自然と引き合う法則です。
私はこのおかげで以前の波動の低い人間関係に終止符をうつことができました。

ようは一緒にいてお互いが楽しく疲れない関係が波長のあった者同士、
良い人間関係ということです。

いま私の周りにいる友は大変素晴らしい人ばかりです。
その友はけっして人の悪口を言いません。悪や闇に対しても光の愛を持って接してくれます。
色々な気づきを与えてもらい、日ごろからとても感謝しています。
そんなスピリチュアルな友から先日、私のためにある本を渡してくれました。

神との対話―宇宙をみつける自分をみつける (サンマーク文庫―エヴァ・シリーズ)神との対話―宇宙をみつける自分をみつける (サンマーク文庫―エヴァ・シリーズ)
(2002/04)
ニール・ドナルド ウォルシュ

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この本の著者、ニール・ドナルド ウォルシュさんも、かつては人間関係に悩んでいたそうです。
そんなとき神との対話の中で神はこう語りかけました。

【あなたは一つの人間関係を続けることが成功だと思っているようだ。人間関係が長続きすればうまくいったのだと勘違いしないようにしなさい。地上でのあなたの務めは、どれだけ長く人間関係を維持することができるかではなく、本当の自分とは何かを決定し、ほんとうの自分を経験することである。人間関係は短いほうがいいと言うのではない。だが、長ければいいということもない。(中略)たいていの人はいまだに間違った理由から人間関係を結んでいる。寂しさから逃れるため、心の隙間を埋めるため、憂鬱から逃れたいため、過去の経験から脱したいため、性生活を向上させたいため、退屈だからといった場合もある。こうした欲求はどれも満たされるはずもないし、人間関係もうまくいかない。(中略)愛は充足したいという欲求への反応として起こる。】

なんだかこの言葉は過去の自分自身に言われているような気になりました。
愛は人に欲求するから与えられるものではなく、
自分から与えるからこそ返ってくるという事なのです。

人間関係に苦しんでいる人は、まだこの世の中にたくさんいるのではないかと思います。
考え方一つで、意識が変わります。人間は最終的には何も持たず、誰しも一人になるのです。

自分自身に対して正直になり、固定概念を打ち破って、思うままに素直に生きてもいいのです。
おかげ様でいまでは、人間関係の苦痛から解放され、いきいきとのびのび過ごせています(^^)

これから学生・社会人1年生を迎える方々、自分の気持ちに正直に行動してください。
そして、素直な気持ちで自分に与えられた(勉学・仕事)に日々感謝しましょう。

応援しています。 頑張って下さい(^^)

人生をコーチするのは自分自身です ← 社会で生きていくためのヒントがここにあります(^^)

  1. 2009/04/02(木) 00:12:13|
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