地球の風景 ~癒されるワ・タ・シ~

                  蓮と申します。 地球の美しい風景、自然、小さな癒しを見つけるのが好きなワタシです。

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水は答えを知っている③

放射能も宇宙の一部・・・

「放射能」 = 「悪いもの・汚いもの・怖いもの」 と思えば思うほど、思考は“現実化”します。

私たち人間が放射能に対して「愛」と「感謝」の思いでいれば、放射能でさえ「愛」に変容させられるのではないかと思います。


水は答えを知っている―その結晶にこめられたメッセージ水は答えを知っている―その結晶にこめられたメッセージ
(2001/11)
江本 勝

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----「水は答えを知っている」より 以下転載 ----


私が、水を氷結させて結晶写真を撮るという、まったく新しいアプローチで水とつきあいだしてから、すでに8年の月日が流れました。

それまでも波動測定という方法で水に関する研究を行ってきましたが、結晶という新しい顔を知ってから、水は実にさまざまな表情を見せてくれるようになりました。

そして、それらの結晶写真は、私たちに多くメッセージを送ってくれました。水道水とくらべ、すばらしい結晶を見せてくれる自然水の数々、いい音楽を聴かせたときに水が見せる、なんとも美しい結晶。そして、水に「ありがとう」という言葉を見せたときと「ばかやろう」という言葉を見せたとき、それぞれのあざやかな対比。それらは、私たち人間はどう生きるべきか、という多くのヒントに満ちています。

水は心の鏡です。水はさまざまな顔をもち、人間の意識を形にして見せてくれます。なぜ、水は人の心を映し出すのでしょうか。意識とは、いったい何なのでしょうか。そのことを説明するには、まずみなさんに知っていただきたいことがあります。それは次のようなことです。

すべての存在はバイブレーションです。森羅万象は振動しており、それぞれが固有の周波数を発し、独特の波動をもっています。私の話は、すべてこのことを前提にしています。そして、水の研究を続けてきた私は、これが宇宙の根本原理であることを知っています。言葉にすると、たった1行で終わってしまいますが、初めて耳にする人にとっては、このことはとてもわかりづらい話かもしれません。

「すべてが振動だって? 目の前にあるこのテーブルも、椅子も、私の体も、目に見えるものすべてが振動しているっていうのは、いったいどういうことだ?」

たしかに、手にさわって質感を確かめることができ、中身もぎっしりとつまった木材や石、コンクリートなどが振動しているなんて、まず信じられません。しかし、いま量子力学などの科学の世界では、物質とは本来、振動にすぎないということが常識になっています。物を細かく分けていくと、すべては粒であり、波でもある、という不可解な世界に入っていくのです。

もしあなたがミクロの体をもち、宇宙の成り立ちがどうなっているのか探検に行ったとします。そして、原子というレベルまで小さくなると、この世界のいかなるものも、原子核のまわりを電子が回っているだけということがわかります。電子の数と形によって、原子は固有の振動をもつことになるのです。

どんなものでもすべて、ミクロの世界ではぎっしりとつまった素材ではなく、原子核のまわりをひたすらに動き回る波のように感じることでしょう。

すべては常に振動し、動いています。そして、超高速で点滅を繰り返しているのです。
般若心経には次のようなくだりがあります。
色即是空、空即是色――目に見えるものには実体がなく、目に見えないものには実体がある。
昔お釈迦様がいわれたとされる、この謎のような言葉が、奇しくも現代科学によって実証されたというわけです。

人間も振動しています。人それぞれが固有の振動をもっているのです。そういう振動を感じとるセンサーを、誰しもがもちあわせているのです。

人生に深い悲しみをいだいている人は、悲しみの周波数を発しています。自分に起こってくるすべての出来事を喜び、楽しんでいる人であれば、明るい光の振動数をもっているでしょう。他人を愛する人には愛の波動が、悪いことをする人からは真っ黒で邪悪な波動が発信されています。

同様のことが人だけではなく、物や場所にもあてはまります。たとえば、なぜか交通事故の起こりやすい場所がありますし、そこに店を出せば必ず商売繁盛という、福をよびやすい場所もあります。そうかと思えば、持ち主を不幸にする宝石といったような話もよく聞きます。

物だけではなく、この世界に起こるさまざまな現象も、それぞれが固有の周波数をもっています。大気のエネルギーの変化が、雷や台風を巻き起こします。それは強烈なエネルギーで、私たちに多くの災害をもたらしますが、考えようによっては、それらもけっして悪いものではありません。地上にたまった悪いエネルギーをすさまじい勢いで吹き飛ばしてしまうと考えれば、雷や台風だって、むしろ感謝すべきものだともいえます。

人が昔からお祭り好きだというのも、こう考えればよくわかります。たくさんの人が集まり、きれいに着飾って踊ったり歌ったりして楽しんでいるところには、明るくよい波動が渦巻いています。その勢いで、よどんでいたよくないエネルギーなどは吹き飛んでしまいます。

すべてのものは振動し、かつ固有の波動をもっている。そういうことがわかったら、この世界についての理解をより深めることができると思います。いままで気づかなかったこと、意識の奥底に押しこめていたことに目を向けることにもなり、新たな発見と感動が人生に新たな彩りを加えてくれるのです。

自然界の多くのものは、だいたい一つに固定された周波数しか出せません。スズメの鳴き声はみんな同じに聞こえますし(スズメにしてみたら少しずつ違うのかもしれませんが)、犬や猫でも、鳴き声にはそれほどバリエーションがあるわけではありません。

それに対して、人間だけがドレミファソラシドを自由に歌え、メロディーをつくり出すことができます。これは、すごいことだとは思いませんか?

自然にあるすべてのものと共鳴できるのは人間だけです。人間は宇宙のすべてのものと会話をすることができ、エネルギーを与え、反対にエネルギーをもらうことができるのです。

しかしこのことは、考えようによっては諸刃の剣だともいえます。人間が自分たちの欲のためだけを考えて行動すれば、それは自然の調和を乱すエネルギーを世界にまきちらしていることになるからです。

地球をこれほどに汚してしまったのは、私たち人間が産業革命以来、一貫して生活の便利さと、自分たちのぜいたくさを追求してきたからです。そういう人間の意識が、大量消費社会というライフスタイルをつくり出し、地球環境をおびやかしてきました。

いま、新しい世紀を迎えて、人類は意識を転換しなければならない瀬戸際にきていると思います。どんな波動とも共鳴できるのが人間なのですから、自然と共生し、地球をこれ以上汚さない意識をもつことも不可能ではないはずです。いかなる波動を世界に発信し、地球をどんな星にするかは、私たち一人ひとりにかかっています。

あなたはどんな生き方を選びますか?
心を愛と感謝で満たせば、愛すべきこと、感謝しなくてはならないようなすばらしいことが次々と訪れ、健康で幸せな生活を送ることができるでしょう。恨みや不満、悲しみという波動を発したらどうなるでしょうか。おそらく、もっと恨まなくてはならない状況、悲しみに満ちた世界を引き寄せることになるでしょう。
どんな世界を選び、どんな人生を送るかは、あなたの心次第なのです。

スイスで30年間、川の水の研究をしてこられた元チューリッヒ工科大学のジョアン・デイヴィスさんは、このように話してくれました。

ともかく、水を尊敬するという心を取り戻すことが大切なのです。近代文化において私たちは、水に対して敬意を払うという態度がとぼしくなっています。古代ギリシャ文明では、人々はとても水を尊敬していました。水を守るために、さまざまなギリシャ神話がつくられたのです。そこに科学がやってきました。神話は科学的でないという理由だけで、拒絶されてしまいました。水はただの物質とみなされ、テクノロジーで浄化すればよい、とされてしまったのです。「浄化された水は、清らかな水とは違う」という言葉があります。科学施設などを通ってきた水は、美しい結晶を見せてくれる水とは違うのです。水にとって必要なのは、浄化ではなく尊敬なのです。

人間はこれからどこへ行くのでしょう。この地球を守るために、私たちはどんな役割を果たせばよいのでしょう。そんなことを考えるとき、私はまた次のように思うのです。

まず、人間そのもののすばらしさに目を向けなければ、何も始まらないということ。自分たちを悪者にするのは、そろそろやめにしたほうがよいのではないでしょうか。私たちは、自分自身がもっている能力について、過小評価していたのかもしれません。人間は、本当はもっとすごい力をもっているのです。

私は、多くの人の健康相談にかかわってきた経験から、病気とはネガティブな感情によって引き起こされるものなのだと思い知らされました。原因となっている感情を消せれば、だれもが健康を取り戻すことができるのです。それには、努めてポジティブな感情をもつようにすることが大切です。
ポジティブな心が免疫力を高め、病気を快癒に向かわせることは、医学的にも実証されつつあります。

目に見えるものだけにとらわれていた時代はすでに過ぎ去り、人の心というものがいかに重要であるか、ということに多大な関心を払う人たちがふえてきました。これは、とてもいい考え方だと思います。時代は確実にその方向に進んでいます。おそらくこの世紀はその考え方が主流になっていくことでしょう。

人間の肉体とは水です。意識は魂のことです。水をきれいに流れるようにしてあげることが、何にもまさる健康法なのです。それには、魂が澄んでいる状態にして行くことです。あなたの体すべてを、美しい水の結晶でうずめてみませんか。すべてはあなたの気持ちにかかっています。

愛は何にもまさる妙薬です。そのことに気づいてから、私はずっと「免疫は愛のことである」といいつづけてきました。愛はすべてのネガティブな力に勝ち、体に活力を取り戻す最強の味方です。

しかし、私はここにきて、少々表現を変えざるをえなくなってきました。免疫となるのは、愛だけではなく「愛と感謝」だとわかったからです。それは、こんな実験からもわかります。

電子レンジに水を入れて、電磁波がいかに悪い影響を与えているかを見るために結晶を撮りました。蒸留水を用いたときと、「愛・感謝」の言葉を見せた水を使用したときとを比較すると、蒸留水の結晶はこなごなに壊れてしまいましたが、「愛・感謝」水のほうは、結晶をつくっていました。愛と感謝の言葉がもつ波動は、電磁波の悪い波動を寄せつけない免疫機能があると考えられます。

「愛・感謝」を見せた水が、もっとも美しい結晶をつくることはすでに述べました。もちろん、愛だけでも十分きれいな結晶になるのですが、「愛・感謝」になると、そこに奥深い品格が加えられます。ダイヤモンドのような絢爛(けんらん)たる輝きをもつのです。

「愛・感謝」の結晶はどちらかといえば、愛だけの結晶よりも感謝だけの結晶によく似ていることがわかりました。つまり、感謝の波動のほうがパワフルで強く影響しているということです。

愛とは、どちらかといえばアクティブ、能動的なエネルギーです。無条件に心からの慈しみを与えること、それが愛です。

それに対して、感謝というのは受動的なエネルギーです。与えてもらったことに感謝する、いま生かされていることに感謝する、尾崎放哉の句に「いれものがない、両手で受ける」というものがありますが、両手でしっかりと受け止める、というのが感謝ではないでしょうか。

愛と感謝は、陽と陰の関係なのです。愛が太陽とすると、感謝は月です。男性が愛なら、女性は感謝でしょう。
では、陰である感謝のエネルギーのほうが能動的な愛よりもパワーが強いというのは、どういうわけなのでしょうか。

考えあぐねているうちに、はたと一つの考え方が浮かびました。それは、人間がどのように生きたらよいのか、ということに対して、大きなヒントを投げかけてくれるアイディアでした。

愛と感謝はどのような関係にあるのか。ここでも私がモデルにしたのは、水でした。
水の分子は、水素原子のHが2つと、酸素原子の〇が1つ組み合わされてできています。もし愛と感謝が、水と同じように2対1でむすびついているとしたら、パワーと影響力の大きさからいって感謝が2、愛が1となることは明らかです。感謝のほうが2倍大きいのです。

感謝が2つ、愛が1つの比率で生きるのが、人間本来の生き方ではないでしょうか。
このことを、あるセミナーでお話したところ、終わったあとに若い二人の女性がやってきて、こんなことをいいました。

「とても感動的なお話でした。それは、人の顔を見てもしゃべる口は1つなのに、人の話を聞くための耳は2つついているのと同じことだと思ってよいでしょうか」
私はなるほどと思い、「そうです。その通りです」と即座に答えました。彼女たちに見事に教えられました。
自然界を観察しても、受動的なエネルギーのほうが強く働いているように思えます。海にいる魚は大量の卵を産みつけますが、そのうちの全部がかえるわけではありません。実際に稚魚になるのはほんの数割で、その他の大部分の卵は、食べてください、と他の魚にさし出しているわけです。

これまで人間は、感謝と愛が2対1になるような生き方をしてきたでしょうか。人間が歩いてきたのは正反対の道だったように思います。 たしかに愛のすばらしさは、昔からよくいわれてきました。愛が生み出す力についても、人々はよくわかっていたように思います。しかし、あまりに愛のエネルギーだけに光があてられたがゆえに、能動的なことだけが強調された文明が育ってきたのです。

私たち人類はいままで、目に見えない心よりもはっきりとわかりやすい物質のほうに目を奪われてきました。物質的豊かさを手に入れるために人は森を切り開き、砂漠と闘い、文明を築き上げたのです。

たしかに、それは愛から出た行為だったにちがいありません。愛する人のため、愛する国のため‥‥。しかし、そういう生き方をしているかぎり、闘いが絶えることはありませんでした。20世紀まで人類が歩んできた歴史というのは、闘いの連続だったといえましょう。

しかし、ここにきて、そういう生き方を続けるだけでは立ち行かなくなってきたのです。私たちは豊かさを手に入れるために、実に多くのものを犠牲にしてきました。森は破壊されました。きれいな水は失われてきました。土地さえも切り売りするようになってきたのです。

これから必要なのは、感謝の心です。まず私たちは、「足るを知る」ということから始めなければなりません。豊かな自然があふれる地球に生まれてきたことに感謝し、私たちを育んでくれた水に感謝しましょう。胸いっぱいにおいしい空気が吸えるということは、どれほどすばらしいことでしょうか。

目を開いてみたら、世界は感謝すべきことに満ちあふれているのです。
あなたが感謝そのものになったとき、あなたの体を満たしている水は、どれだけきれいになることでしょう。そのときあなたは、光り輝く結晶そのものになるのです。

みなさんは、おいしい水を手に入れる方法を知っていますか? おいしい水って、どころにあるのでしょうか。
アルプスの麓でしょうか? あるいは北海道や南極の水をとってきますか? 最近は「おいしい水」という名がついたペットボトル入りの水がたくさん売られています。それを買いに行きますか?

しかし、それは物事の本質ではありません。どんなにおいしそうな自然水を手に入れたところで、あなたの心がよくなければ、おいしい水にはならないからです。

あなたの心は透き通っていますか? 仕事のトラブルを抱えこんでいませんか? 家庭の中で何かがまんしていることはないでしょうか? もし、心のつかえがあるならば、どんなおいしい水を飲んだとしても、味気ないものに変わってしまいます。

スポーツで思いっきり汗をかいたあとに飲む水は、それが何の変哲もない水であったとしてもおいしいですね。要するに、大切なのはあなたの心なのです。

私はけっして、ここで精神論を唱えようとしているのではありません。もうみなさん、おわかりですね。同じ水を飲むにしても、ありがとうと声をかけて感謝の心で飲むのと、何か理由があってもやもやした気分で飲むのとは、水そのものがまったく違うものになってしまいます。

私たちの思念は、刻一刻と世界に影響を与えています。創造というイメージと言葉を投げかけるならば、世界はすばらしいものを創造するでしょう。破壊を世界に向けて発信するならば、宇宙を破壊する手助けをしてしまう結果にもなりかねません。

それに気づいたら、私たちは自分の境遇に恨みごとをいったり、自分の不具合をまわりのせいにしてはいけません。いま、この瞬間にも、あなたは世界を変えることができるのです。あなたがすべきなのはただ一つ、選択するということです。

愛と感謝に満ちたすばらしい世界を選ぶのか、それとも、不満と疲弊のうずまく苦しみの世界を選ぶのか、それは、いまこの一瞬の態度が決めることです。

仏教の思想では、世界のすべては移り変わっていて、何一つ不変なものはないといわれています。波動の原理からいっても、波動のエネルギーは常に流れていかなくてはならず、よどんではいけないのです。

この一瞬にすべて世界があるという考えは、人生に希望と光を与えてくれます。私たちは過去に惑わされる必要もないし、未来は自分の意志でどうにでも変えられるのです。いま、ここにいる自分自身が、すべてのカギを握っています。

見えない世界と関連して新しい世界観を開く研究を続けているのが、イギリスのルパート・シェルドレイク博士です。シェルドレイク博士はケンブリッジ大学で生化学の博士号をとり、同大学で生化学と生物学を講じながらイギリスの王立協会の研究フェローとしても活躍した学者です。

シェルドレイク博士からいただいたメッセージを、ここで紹介しましょう。
私たちの命は、見えないエネルギーの働きによって生かされています。ですから、ぜひこのことに気づき、まわりの人々のことや、あなたの周囲でいま何が起こっているのかについて注意をはらってほしいのです。これはとても大切なことです。見るというのは影響を与えるということですから。みなさんはこのことに気づいてはいますが、実行しないだけなのです。家庭では、親が子供に注意をはらっています。これとまったく同じことです。

どんなものにも注意をはらい、意識を向けるということは、愛をもって接するといいかえてもいいかもしれません。人の意識がいかにまわりの物事に影響をあたえるか、博士はその研究を第一線でされてきたので、その言葉は心に迫るものがあります。

水の結晶が私たちに教えてくれることに、シェルドレイク博士が実証した理論を加味すれば、世界に起こるほとんどのことは説明がつくのではないでしょうか。私たちは、だれもが世界を変える魔法の力をもっていることに気づくのです。

私たち人間は、神様から創造力という能力を与えられました。その力をフルに発揮するならば、世界を一瞬に変えることができます。

生きることに悩み、苦しんでいる人にとって、このことはとても大きな励みとなるでしょう。世界を変えるすべての力はあなた自身にあるのです。

世界はすべてつながっています。あなたがすることは、他のだれかが同時にしています。私たちは、どんな「形の場」をつくればよいのでしょう。苦しみ、傷つけあう場をつくりますか? あるいは、愛と感謝に満ちた世界を創造しますか?

あなたが水を前にして、それに愛をこめ、感謝の言葉を投げかけるとき、世界のどこかで、あなたと同じように心を愛で満たしている人がいるのです。

あなたは、その場所から少しも動く必要はありません。目の前のグラスに入れられた水は、世界中の水とつながっています。どこにあっても、水は共鳴しあうのです。それが広がっていったとき、世界中の人の心がいっせいに愛で満たされることでしょう。

あふれんばかりの愛と感謝で世界を包みましょう。それは、すばらしい「形の場」となって世界を変えていきます。そこには時間も空間もありません。いまこの場所で、どんな素敵なことでも起こりうるのです。


◆ 江本勝さんのHP 「水と放射能汚染と波動性」について ◆

パンジー  花言葉・・・「心の平和」


  1. 2011/04/05(火) 22:20:45|
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自然エネルギーを考える

 私のブログを観てくださっているMさんから色々な情報と御意見をいただき

「子供でもわかりやすい動画があるよ」と教えて下さいましたので紹介したいと思います。






源八おじさんとタマ 002

源八おじさんとタマ 003

源八おじさんとタマ 004

源八おじさんとタマ 005


 原子力発電所がなくなると、電気はまったく使用できないと恐れていたり、

電気は「いけないもの、自然に反しているもの」と勘違いをされている方が

いらっしゃるようですが、そんなことは全くありません。

「電気」はカミナリや、人間に滞留する静電気など

ごく身近にある自然エネルギーです。

「電気」自体は人工的なものではなく、自然に存在しているものなので

「電気」のエネルギーを有効に利用することは「悪いもの」ではないのです。

ただ、電気を発生させる時、タービンを回転させるエネルギーが必要になります。

そのタービンを回転させるエネルギーに「原子力」を利用することに問題があるのです。

「原子力」のメリットは、水力や風力のように穏やかに発電するのではなく、

瞬時に爆発的なエネルギーが生まれることです。

ですから、どうしても「人工的な要素」が加わることになります。

そして、自然界には存在しない「セシウム」という人工的な放射能が

発生してしまうデメリットがあります。

「セシウム」は私たち人間のDNAを傷つけてしまいます。

それと同時に、地球もいま人口放射能で傷つき苦しんでいます。

人間と地球は別々ではなく、いつも一心同体です。

傷だらけになった地球は自分の身を震わせながら

「もう原発はいらない!いい加減にして!」

と声にならない声で私たち人間へメッセージを訴えています。

原子力から出た放射性廃棄物「プルトニウム」は加熱すると

完全に冷えるまで2万4千年もかかります。

国と電力会社はグルになって、それを次々と海へ廃棄処分しているのです。

その事実は、一般国民には知らされることなく、ずっと企業秘密にしてきました。

そのことに疑問を感じた電力会社の元社員が、この事実を国民へ暴露しつづけても

表立つことなく国の圧力で抹消されてきました。

「地球温暖化」は企業や人間が出すCO2が原因であると言われてきましたが、

果たしてそうなのでしょうか?

地球温暖化の本当の原因は、この放射性廃棄物も大いに関わっていると専門家はいいます。

近年、地球温暖化による巨大ハリケーン、大洪水などが各世界で多発していますが、

自然が起こした天災などではなく、人災です。

2万4千年もの間、海の中でプルトニウムが加熱しつづけるなら、

海の海水温度が上昇するのは当然で、地球温暖化はもちろんのこと、

生態系が狂ってくるのは当たり前です。

その事実を隠しておきながら、国は人間が出すCO2排出のせいにして、

私たち国民に「CO2を出してはいけない。地球温暖化はあなたがたのせいだ!」などと

責任転嫁しているのです。

このようなことがあってはいけないのです。

私たちは、電気を利用することはいけないこと「悪いもの」だと勘違いを

されている方もいるようですが、そうではありません。

電気は自然界に存在するエネルギーですから、それを有効利用することは「悪」ではないのです。

問題なのは電気をつくるために「原子力」を利用することに大きな問題があるのです。

原子力が無くなれば、縄文時代のように電気もガスもない原始的な生き方を

しなければならない、と勘違いされる方もいるようですが、そういうことも全くありません。

ただ、これから生きていく上で、エネルギーの使い方は、徹底的に

“選別”していく必要性はあります。

利便性を電力に依存してきた私たちにとって

電力の“選別”をする・・・それなりに相当な「覚悟」が必要になってきます。

例えば、ネオン街のようにギラギラした街の灯りはなくなり、ひっそりとした感じになるかも知れません。

パチンコ産業や娯楽産業に従事されている方には大変申し訳ないのですが・・・

そのような産業もこれからは衰退していくと思います。

「ギラギラとした華やかさ」とか「エゴ丸出しの派手さ」というものはなくなります。

会社やターミナル、自宅など必要以上の照明はなくなり、電車の本数もかなり減少します。

人は遠出をするとき以外は電車を頼らず、自転車など人力で移動を始めます。

電気の付けっぱなしなどしていると、他人から「ダメだよ!」と注意されます。

「人間のエゴと快楽」を主義とした電力はなくなっていくでしょう。

嫌でもそれらを徹底的に排除せざる得なくなるからです。

病院や人の生命にかかわる、人工透析や人工呼吸器などは優先的に電力が供給されます。

スポーツ観戦などは、スタジアムの床に人が飛び跳ねることを利用した

振動エネルギーが主流になってきます。

電気はタービンを回転させることで発生しますので、

これからは地球の自然エネルギーが見直されます。

例えば、「風力」「水力」「火力」「太陽光」「バイオエネルギー」

などでも電気を発生させることが出来ます。

これらの自然エネルギーは地球には優しい代わりに発電量が穏やかなので、

今までのような贅沢な電気の使い方ではとても追いつきません。

生きていく上で必要最低限の電力しか利用できなくなります。

いま東日本で起きている「計画停電」も、

そのための予行練習(といったらおこがましいのですが・・・)

準備期間だと思って悲観せず、そこから何かを学んで下さい。

西日本も、今は直接な影響はなくても、いまの東日本の姿を観て、

そこから何かを得て、学ぶことが大切です。

いまからでも「節電」を心がけて、

これからのために「心の準備」だけはしておいたほうがいいでしょう。

(ちっぽけな人間が、偉そうなことを言って申し訳ありません・・・

わずかであっても、電気エネルギーを利用できることに

「感謝」する気持ちを忘れてはいけないと思います。

これからは目には見えないフリーエネルギーというものが発明され

有効エネルギーになる時代がやって来るかも知れません。

  1. 2011/03/29(火) 19:04:41|
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真実を知る

 先日、朝ズバという番組で武田鉄矢さんがこんな話をしていました。

『吐く』という漢字は「口」に「土」(+プラス-マイナス)と書きます。

その中から「-」を取り除いていけば、『叶』になる。

きっと希望が「叶う」

そのような時が来る。

良いことも悪いことも吐き出し、そして、[-]を取り除いて生きていくことが大切・・・

という内容でした。  なるほど、と感じました。

本当の真実とは、「プラスの要因」もあれば、

必ず同じ分だけ「マイナスの要因」もあります。

言葉を(吐き)だすとき、プラス(ポジティブ)ばかりでは真実ではありません。

反対に、マイナス(ネガティブ)ばかりでも真実ではありません。

プラスもマイナスも両方、“ 認識 ”してこそ

本当の“ 真実 ”を知ることができます。

そこで、いま問題になっている「原子力」をこれに当てはめてみようかと思います。

今まで「原子力はエコでクリーンで安全」だと私たちは思い込まされていました。

テレビ局は、スポンサーに電力会社が大きく貢献し関与しているため

本当の真実は言いません。ずっと隠されたままです。

原発に詳しい専門家がテレビ番組に多く出演されていますが、

電力会社にとって不都合なこと(ネガティブなこと)は言いたくても、

スポンサーがらみでテレビ番組では言えない事が実はたくさんあります。

テレビ番組が、電力会社にとって不都合な真実は言わせないのです。

実際にテレビ出演されていた原子力の専門家が、テレビでは言いたくても

発言できなかった無念さをご自分のブログでこう訴えています。

「もう僕はテレビには出ない。出演料も受け取らなかった。 本当は危ない。

これからはネットで原子力の危険性を発信していく」と言っているそうです。

電力系のCMは「原子力はCO2排出ゼロ。エコでクリーン、安全」だと繰り返します。

ある意味、私たちは今まで騙され「洗脳」されていた・・ということです。

ですが、今回の震災で、そのような思い込み(原子力安全神話)はことごとく崩れ去りました。

何かのきっかけで停電をすれば、原子力発電の冷却装置が作動しないために、

放射能が大量に漏れ出す・・・ 震災をきっかけにその事実を思い知らされました。

地球は、「もう原発はいらない!」「いいかげんにして!」「はやくみんな気づいて!」と

自分の身を震わせながら、私たちにこのようなメッセージを訴えているのかも知れません。

もし、日本中が、世界中が、大停電を起こせばどうなるのでしょうか・・・?

・・ですが、電気は私たちの生活に欠かせない大切なエネルギーであることは間違いありません。

生まれた時から原子力は既に存在していて、何の疑いもなく

電気が当たり前のように存在していた訳ですから・・・

ですが、電気のなかった時代、例えば江戸時代などに生きていた人は

電気がないことに不便さを感じていた人は一人もいなかったはずです。

(だからといって電気を廃止しろと言っているのではありません)

原子力は、私たちにとって便利で「都合の良い」ものである一方、

その裏側では、「不便で都合が悪い」ことが必ず存在するものです。

利便性ばかりを追い求めて、マイナスな部分を重要視せず軽視してきました。

私たちはこれから、そのことを“ 認識する ”必要性があります。

ここで紹介するHPは、20年間電力会社で勤めた、故 平井憲夫さん書かれた内容です。

(著書の平井憲夫さんは、1997年にお亡くなりになられています)
       
『原発がどんなものか知ってほしい』 ←(クリックでご覧になれます)

原子力は電気エネルギー全体の30パーセント程だと言われています。

政府(与謝野経済財政相)は、「将来も原子力は日本の社会や経済を支える重要な エネルギー源であることは間違いない。これからも原発は必要」と発言をしています。

もう政府の言いなりはご免です。

国を頼らず、私たち人間の知恵をもっと有効に生かせば

原発に変わるエネルギーはたくさんあるはずです。

政府が「原発をやめない」理由は、経済のことばかりではなく

他にも隠された理由があるのではないかと思います。

人それぞれ原発に対して、賛否両論いろんな意見があるのは当然です。

原発反対を推進しているのではありません。

少なくとも電力会社に勤めている人にとっては死活問題ですから。

ですが、いま生きている私たち人間や、これからの未来を担う子供たち

(私たちの子孫)にも大きな死活問題です。

この震災をきっかけに今までずっと隠されてきた

本当の真実(プラスもマイナスも)両方を知っておくことは、

この時代を生きる私たち日本人として、とても大切なことだと感じました。

この問題を、どう受け取るのか、どう感じるかはあなたの自由です。

  1. 2011/03/27(日) 18:55:52|
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世界からのエール ~様々な国から~

様々な国から日本へ向けて温かい応援メッセージが届いています。












  




こちらで紹介しているのはほんの一部だけです。

世界中がひとつになって、日本のために祈りを奉げています。

被災された方々へ少しでも励みになればと思います。

国民のほとんどの人が「何か力になりたい!」

そう思っています。 私もその中の一人です。

ひとりひとりの力では微力なのかも知れませんが、

みんなの想いが一緒なら底知れない大きな力になります。

ですから、決してあきらめず、くじけないで下さい。(^^)/

  1. 2011/03/23(水) 19:41:42|
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世界からのエール ~中国~

 世界中から日本へ向けてエールの声が届いています。

被災された方々へ少しでも励みになれば幸いです。

中国報道 SearChina に掲載されていた文面をご紹介いたします。

以下、転載いたします。


◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆   


中国でも、東北関東大震災に関連する報道が相次いでいる。中国新聞社は「落ち着いて秩序を守る日本国民の強靭(きょうじん)さは鮮明」などと論じる記事を配信し、「人に迷惑をかけない」ことを常識とする日本人の特長に注目した。


■災害が起こっても、自主的に秩序を保つ日本人

  記事はまず、地震発生の11日の東京都内の状況に注目。電車が止まったために多くの人が徒歩で帰宅することになったが、「きちんと順序よく歩き、騒ぎはなかった」、「道路は渋滞したが、クラクションを鳴らす自動車はなかった」として、「巨大な無声映画を見ているような感じすらした」と報告した。

  バス乗り場でも数百メートルの行列ができたが、「係員の仕事は列の最後尾の場所を教えることぐらい」「『列に並ぶように』などの強制はまったくなかったにもかかわらず、すべての人が行列してバスを待った」と報じた。

  被災地の様子は、一般ユーザーによるインターネットへの投稿を紹介。「数百人が集まった避難場所で、スタッフが走り回って毛布や湯、ビスケットを用意した。男性は女性を助けた。(人々が集まる場所で)たばこを吸う人は1人もいなかった。救援物資の配布は3時間で完了したが、ごみひとつ、落ちていなかった」と、人々が秩序を維持し、助け合いながら配布を受けた様子を紹介した。


■「人に迷惑かけない」常識が、身勝手と混乱を防止

  記事は、「人に迷惑をかけない」ことを重んじる日本人の考え方に注目。小学校でも「人に不愉快な思いをさせない」、「人に心配をかけない」、「人をいらいらさせない」などと教育していると紹介した。日本人の自らを律する精神や、「所かまわずたんやつばを吐かない」、「大声で騒がない」、「行列に割り込みをしない」、「ごみを勝手に捨てない」などの特色も「人に迷惑をかけない」の精神が生み出したものと解釈できると論じ、「少数ではあるが『細かいことにこだわらない人』もいる。しかし、周囲の状況を察して、自らを律するようになる」と記した。

  「震災で家族や親友が命を奪われた場合でも、日本人は大声で泣くことが少なく、静かに運命を受け入れる」、「自分が救出された場合、『ありがとうございました』と言うのではなく『申し訳ありませんでした』と言う人が多い」と紹介し、「他人に迷惑をかけてならないとの精神が強くあらわれるのだ」との見方を示した。


■人々が力を合わせる日本で、「英雄主義」は不要

  中国では災害発生時に、「自らの危険をかえりみず、他人を救った」などのエピソードが、しばしば伝えられる。記事は、「日本人はどんなに過酷な状況でも、個人は集団を離れず、集団は個人を保護する。厳しい状況でも、“個人による英雄主義”は必要ない。「皆さんと一緒に」の精神は、力を合わせて困難を克服するだけでなく、社会システムの効率を保つことにつながる」、「どんな事態が生じても、日本では略奪や大パニックが生じないと言っても、大げさではない」と、日本人の協調精神が、社会全体にとっても個人にとっても大いに役立っていると主張した。



  1. 2011/03/20(日) 18:15:52|
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